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ラーメン作りには「かん水
ラーメン作りになくてはならないもの、それは「かん水」です。
かん水はアルカリ性物質で、これが小麦粉中のフラボノイドと反応して麺を黄色にし、さらにたんぱく質のグルテンと反応することによってあの中華麺独特の食感がうまれるのです。
かん水と小麦粉の出会いはまったくの偶然で、中国のとある地方の農民が食事の仕度のため小麦粉を練ろうとしてたまたま使った湧き水がアルカリ水だったのです。
当時からこの麺は人気があったようで、煮詰めて固形にして売買していたようです。これが今では日本人の大好物になろうとは…。偶然に感謝!!

日本で初めてのラーメン
それは水戸黄門だと言われています。
舜水朱という中国の儒学者に作り方を教わって食べたそうです。けれど、いまのような麺ではなく、つなぎにレンコンのでんぷんを使っていました。
その他、中華ハムのスープ、にんにく、にら、パセリ、山椒など薬味も用意され、なかなか本格的だったようです。
このことは、格さんのモデルといわれる安積 覺という人が書いた「舜水朱氏談綺」にも書かれています。興味があったら是非一度読んでみてください

左の字見たことありませんか?
よくどんぶりに書いてある文字ですよね。
これは双喜(そうき)といって、結婚式などに用いられる中国ではとてもおめでたいことを表している言葉なのです。
この他にも、四角い渦巻きの模様は魔除けの意味があるとか、龍や鳳凰の絵はかつては皇帝や妃にのみ使うことが許された高貴なしるしだったりと、ラーメンに負けず劣らず奥深いどんぶりのお話でした。


屋台のラーメン屋に欠かせないのがチャルメラですが、実はチャルメラが伝わったのはラーメンよりもずっと昔、なんと16世紀後半の安土桃山時代にまでさかのぼります。
チャルメラという名前自体はダブルリードの木管楽器を表す言葉で、語源はあし(葦)を表すスペイン語の「charamela」、またはポルトガル語の「charummela」からきているようです。
一見ラーメンとは何の関係もなさそうな感じがしますが、明治時代に飴売りをしていた中国人が客引きとして使ったのが最初で、当時は「唐人笛」と呼ばれていました。おそらくそのイメージが合わさって、チャルメラ=唐人(中国)=ラーメンという発想になったのではないでしょうか。

日本人の小麦消費量は1人あたり年間32kg。
日本初のラーメン屋「来々軒」でのラーメン一杯の値段は6銭。
11月11日および毎月11日はラーメンの日。
日本一ラーメン屋が多いのは北海道で約2,400軒。
ちなみに人口比で一番なのは喜多方です。


小麦は人類が栽培した最も初期の作物の1つです。
その栽培・製粉技術はメソポタミアから中国に伝わり、湯餅(タンピン)を発祥の地とする麺文化が花開いたのです。
ちなみに、日本で麺といえば「小麦粉を練って作った細長いもの」という形状を指しますが、中国では小麦粉料理全般を指します。

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